自説

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

タンゴ界におけるルールの適用

アルゼンチンタンゴのダンスパーティーにはいろいろなルールがある。

・女から男をダンスに誘ってはいけない。(逆ナン禁止)
・必ず反時計回りに移動しないといけない。
・フロアーの真ん中で踊ってはいけない。
・ボレオやガンチョなど足を振り上げる危険な行為をしてはいけない。

などなど。
しかしこれらのルールは絶対ではなく、人によっては言うことがバラバラで、たとえばアルゼンチンタンゴダンス協会などでは、女から男をダンスに誘ってもいいことになっている。これについて、しうえいさんは、
「ルールはパーティー主催者や会場所有者が自由に設定し、それに共感する人だけがそこに行けばいい」
との趣旨の主張をしている。
参考: しうえいブログ

 さて、「ルールの設定(立法)」の権限は主催者が持っているとして、このエントリーでは「ルールの解釈と適用(司法)」について考えてみたい。
 先に私の主張、結論から言わせてもらうと、


タンゴ界でのルールの適用は、「法的安定性」ではなく、「具体的妥当性」を重視して、各自で行うべきだ。
参考: 法的安定性と具体的妥当性(法学用語)


ということである。
 たとえば、あるパーティー会場で、「足を振り上げる大技は禁止です」とのルールが主催者によって設定されたとする。そのパーティーの開始直後、まだ客が数人しか着ておらず、フロアーで1組しか踊っていなかったとする。
 法的安定性を重視してルールを適用するのは簡単で、文言通り、「足を振り上げるのはルールで禁止されている。よって、この場合も、大技を出すべきではない」との結論に帰着する。
 一方、具体的妥当性を重視してルールを適用するのはそうは簡単ではない。なぜなら、ルールの趣旨を解釈し、その時の状況を考察し、そのうえでルールを適用しなければならないからだ。今回の例で言うと、
・足を振り上げる行為は禁止されている(ルールの認識)
・上記ルールは、安全性を確保するために設定されている。(ルールの解釈)
・現時点では、フロアーに1組しかおらず、足を振り上げても安全性に問題はない。(状況判断)
・よってこの場合は足を振り上げても、ルールの趣旨に反しないので、かまわない。(ルールの適用)

 しかし、具体的妥当性を重視したルールの適用を行う場合、ルールの解釈にぶれが起こる。万人が同じ結論に達することができなくなる。先の例では
・足を振り上げる行為は禁止されている(ルールの認識)
・上記ルールは、下手な大技を女性に強要し、恥ずかしい思いをさせないためにある。(ルールの解釈)
・一緒に踊っている女性は、大技を恥ずかしく感じる可能性がある。(状況判断)
・よってこの場合も足を振りあげる大技を出すべきではない。(ルールの適用)

 具体的妥当性を重視した法解釈をタンゴ関係者に求めた場合、みんな、「自分の解釈は正しいのか。みんなの常識とずれているのではないか。」と不安心理にかられる。そしておもに次の4パターンの対応をすることになる。
1.解釈の余地が入らないように、ルールを細分化することを主催者に求める。
 先の例では、「大技禁止が適用されない場合の、フロアーに踊っている組数をただし書きで条文に追加する」ことを求めたりする。しかしそんな細かいルールを設定すると、タンゴ界の居心地が悪くなるので、私はやめた方がいいと思う。
2.法的安定性重視のルール適用をタンゴ界に求める。
 このようにしてしまえば、たとえば先の例では、一律大技が禁止され、面倒なルールの趣旨の解釈も不要になり、また万人が同じ結論に達するので、「マイノリティーの解釈かも」と不安になることはなくなるだろう。
 しかし、そんな一律の解釈では私はタンゴがつまらなくなると思う。やはり、具体的妥当性重視は譲るべきではないと考える。
3.ルールの解釈を他人に求める。
 しうえいさんのように経験が長く色々な主張をする有識者や、主催者などに「こういう場合はどうなの?」と聞く。ただし、有識者は「一般論について自分の意見ならともかく、具体的状況は各自で考えるか、主催者に聞いてよ」と困惑するかもしれない。逆に主催者も、実際に事件が発生して問題になった場合ならルールの解釈を行うのは義務だろうが、事件発生前の回避策として、「こういう場合はどうなの?ああいう場合は?」などと一般論を聞かれても、やはり、「状況に応じて、常識的に考えて」となってしまう。
 なお、東京ミロンガにおいて、セクハラ人間を裁く諮問委員会の創設が検討されていたが、なぜか雲散霧消になったようである。個人的に面白いと思ったんだけど。
4.多数意見とは異なるルール解釈をしてしまい、「あんなの非常識だよね」と陰で批判されるリスクを各自が保有しながら、その良心に従ってそれぞれでルール解釈をする。
 たとえば先の例では、自分なりに大技禁止のルール解釈を行い、すいているミロンガで大技を出す。しかし、他人と解釈のずれが生じ、相手の女性に嫌われてしまう可能性は否定できない。

 結局、最後の4が一番現実的で妥当なのではないだろうか。マイノリティーになる不安は、あなただけではなく、みんな一緒なのだから。そして、万人に好かれるなど不可能なのだから。
 そして、主催者が「これは看過できない」と判断した場合に、イエローカードで警告するとともに、主催者のルール解釈を明示し、それにも従わない場合はレッドカードを突きつけ、出入り禁止にする司法権を発動すればいいものと考える。

スポンサーサイト

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。