自説

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タンゴ界におけるルールの適用

アルゼンチンタンゴのダンスパーティーにはいろいろなルールがある。

・女から男をダンスに誘ってはいけない。(逆ナン禁止)
・必ず反時計回りに移動しないといけない。
・フロアーの真ん中で踊ってはいけない。
・ボレオやガンチョなど足を振り上げる危険な行為をしてはいけない。

などなど。
しかしこれらのルールは絶対ではなく、人によっては言うことがバラバラで、たとえばアルゼンチンタンゴダンス協会などでは、女から男をダンスに誘ってもいいことになっている。これについて、しうえいさんは、
「ルールはパーティー主催者や会場所有者が自由に設定し、それに共感する人だけがそこに行けばいい」
との趣旨の主張をしている。
参考: しうえいブログ

 さて、「ルールの設定(立法)」の権限は主催者が持っているとして、このエントリーでは「ルールの解釈と適用(司法)」について考えてみたい。
 先に私の主張、結論から言わせてもらうと、


タンゴ界でのルールの適用は、「法的安定性」ではなく、「具体的妥当性」を重視して、各自で行うべきだ。
参考: 法的安定性と具体的妥当性(法学用語)


ということである。
 たとえば、あるパーティー会場で、「足を振り上げる大技は禁止です」とのルールが主催者によって設定されたとする。そのパーティーの開始直後、まだ客が数人しか着ておらず、フロアーで1組しか踊っていなかったとする。
 法的安定性を重視してルールを適用するのは簡単で、文言通り、「足を振り上げるのはルールで禁止されている。よって、この場合も、大技を出すべきではない」との結論に帰着する。
 一方、具体的妥当性を重視してルールを適用するのはそうは簡単ではない。なぜなら、ルールの趣旨を解釈し、その時の状況を考察し、そのうえでルールを適用しなければならないからだ。今回の例で言うと、
・足を振り上げる行為は禁止されている(ルールの認識)
・上記ルールは、安全性を確保するために設定されている。(ルールの解釈)
・現時点では、フロアーに1組しかおらず、足を振り上げても安全性に問題はない。(状況判断)
・よってこの場合は足を振り上げても、ルールの趣旨に反しないので、かまわない。(ルールの適用)

 しかし、具体的妥当性を重視したルールの適用を行う場合、ルールの解釈にぶれが起こる。万人が同じ結論に達することができなくなる。先の例では
・足を振り上げる行為は禁止されている(ルールの認識)
・上記ルールは、下手な大技を女性に強要し、恥ずかしい思いをさせないためにある。(ルールの解釈)
・一緒に踊っている女性は、大技を恥ずかしく感じる可能性がある。(状況判断)
・よってこの場合も足を振りあげる大技を出すべきではない。(ルールの適用)

 具体的妥当性を重視した法解釈をタンゴ関係者に求めた場合、みんな、「自分の解釈は正しいのか。みんなの常識とずれているのではないか。」と不安心理にかられる。そしておもに次の4パターンの対応をすることになる。
1.解釈の余地が入らないように、ルールを細分化することを主催者に求める。
 先の例では、「大技禁止が適用されない場合の、フロアーに踊っている組数をただし書きで条文に追加する」ことを求めたりする。しかしそんな細かいルールを設定すると、タンゴ界の居心地が悪くなるので、私はやめた方がいいと思う。
2.法的安定性重視のルール適用をタンゴ界に求める。
 このようにしてしまえば、たとえば先の例では、一律大技が禁止され、面倒なルールの趣旨の解釈も不要になり、また万人が同じ結論に達するので、「マイノリティーの解釈かも」と不安になることはなくなるだろう。
 しかし、そんな一律の解釈では私はタンゴがつまらなくなると思う。やはり、具体的妥当性重視は譲るべきではないと考える。
3.ルールの解釈を他人に求める。
 しうえいさんのように経験が長く色々な主張をする有識者や、主催者などに「こういう場合はどうなの?」と聞く。ただし、有識者は「一般論について自分の意見ならともかく、具体的状況は各自で考えるか、主催者に聞いてよ」と困惑するかもしれない。逆に主催者も、実際に事件が発生して問題になった場合ならルールの解釈を行うのは義務だろうが、事件発生前の回避策として、「こういう場合はどうなの?ああいう場合は?」などと一般論を聞かれても、やはり、「状況に応じて、常識的に考えて」となってしまう。
 なお、東京ミロンガにおいて、セクハラ人間を裁く諮問委員会の創設が検討されていたが、なぜか雲散霧消になったようである。個人的に面白いと思ったんだけど。
4.多数意見とは異なるルール解釈をしてしまい、「あんなの非常識だよね」と陰で批判されるリスクを各自が保有しながら、その良心に従ってそれぞれでルール解釈をする。
 たとえば先の例では、自分なりに大技禁止のルール解釈を行い、すいているミロンガで大技を出す。しかし、他人と解釈のずれが生じ、相手の女性に嫌われてしまう可能性は否定できない。

 結局、最後の4が一番現実的で妥当なのではないだろうか。マイノリティーになる不安は、あなただけではなく、みんな一緒なのだから。そして、万人に好かれるなど不可能なのだから。
 そして、主催者が「これは看過できない」と判断した場合に、イエローカードで警告するとともに、主催者のルール解釈を明示し、それにも従わない場合はレッドカードを突きつけ、出入り禁止にする司法権を発動すればいいものと考える。

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大義名分は大切だ

ビンラディン殺害が報道されたとき、私は歓喜した。アメリカ軍が、ビンラディンの隠れ家を奇襲し、女性を盾に応戦するビンラディンと銃撃戦の上、アメリカ軍がビンラディンを殺害したという。テロリストらしい、卑劣な行為であり、死んで当然だと思った。

だが、数日経ち、2つの残念な報道がなされた。
その1つは、ビンラディンは実は反撃しておらず丸腰だったらしいこと
そして2つ目は、実は女性を盾に使っていたという報道は誤りだったこと

私の記憶が確かならば、アメリカのテレビ番組、シックスティーミニッツ(日本ではCBSドキュメント)で、アメリカの兵士がインタビューで次のように答えていた。
「我々の目的はビンラディンの殺害。誰もビンラディンを生け捕って、裁判を受けさせることを望んでいない」
裁判を受けさせたくないアメリカの気持ちはよくわかる。正直私もビンラディンは捕縛されるより戦死してくれた方がうれしい。しかし、捕縛し裁判を受けさせるのではなく、戦場で殺害するためには、例え表向きの理由で、本音は違ったとしても、大義名分が必要だ。たとえば、意図的に武器を持っているタイミングを狙って奇襲する(相手が武器を持っていれば、捕縛せず射殺する大義名分になる)とか、空爆する(歩兵を突入させるのが危険だから空爆したため、生け捕れなかったとの大義名分がつ)とか。歩兵が突入し、丸腰のビンラディンを射殺するなど、犯罪行為ではないか。
残念だが、日本もアメリカの犯罪を追及する必要があると思う。。

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中国の未来を想像する

中国の成長は著しい。毎年8%成長し、世界経済をけん引しているし、経済規模は日本を抜いて国内総生産世界第2位になるらしいね。でも、1人当たりのGDPは日本は中国の10倍らしい。つまり日本人一人ひとりは中国人の10倍豊かだと、単純には言うことができる。これは中国にとっての「のびしろ」であり、中国の経済規模は今後10倍になる可能性があるわけだ。そうなったら、日本の世界に対する影響力はどうなるんだろうか・・・。

ここで今後の中国と日本を考えてみる。中国人の1人当たりのGDPを1とすると、日本人は10となる。中国は毎年8%の経済成長をつづけたら、何年(X年)で1人あたりのGDPが今の日本と同じ水準になるのかを計算する。
方程式 1×1.08^X =10
だから X =log_1.08 10 ≒30
日本が今後0%成長をつづけたら、30年で中国人は日本人と同じ豊かさになるというわけね。

30年後の中国ってどうなるんだろう。一人っ子政策のひずみが顕著化するんじゃないかな?よく調べてないけど。それに、共産党独裁もよいよ崩壊するだろう(というか、してほしい)

まあようするに、中国は過大評価も過小評価もしちゃダメってこと。

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たばこ、酒、賭博

私は非喫煙者。
愛煙家には申し訳ないが、公共の場(民間会社のオフィス、レストラン、居酒屋、パチンコ店なども含む)、道路など、すべて全面禁煙の上、たばこ1箱1000円にしてしまえと思っている。吸える場所は、シガーバー、喫煙喫茶など、喫煙専門の店と、自宅のみ。
ついでに、小中高の教員からたばこを吸える権利をはく奪し、吸ったら即、教員免許没収にすべきだ。だって、子供たちに禁煙を指導する教員が自分でたばこを吸ってたら、指導になんないでしょ。
最終目標はたばこの非合法化だ。たばこは大麻より有毒だということは、周知の事実だ。(楽しみを奪うだけなのはよくないので、同時に賭博と売春を合法化したらいい)
と、書いたが、喫煙者の大切な友人もいるのでこの辺にしておこう。

私が以前ちょくちょく行っていた恵比寿のバー。そのバーはたばこで肺を患ったマスターが経営しており、医師の勧告のもと、店内を全面禁煙にしていた。

わたし 「この店を禁煙style.comというサイトで見つけたんですよ。バーで禁煙ってなかなかないですよね。酒はうまいし、何でも作ってくれるし、この店好きです」
マスター「ありがとう」
わたし 「全面禁煙になってから、客足ってどうなりました?」
マスター「それはもう激減しましたよ」
わたし 「え?日本人の喫煙率、禁煙バーと喫煙バーの割合を考えると、明らかに禁煙バーが少なく、需要が大きい気がするけど」
マスター「きっと、たばこと酒は切り離せないんでしょう。酒が好きでバーに来る人は、禁煙者であってもたばこの煙が気にならないし、逆に嫌煙者はバーなんかにこようと思わないのかもしれませんね」

客足激減のせいか、そのバーは2010年8月に突如閉店してしまい、今ではガールズバーになっている。接客してくれるバーテンダー?というか女の子は美人ぞろいで会話も楽しいが、禁煙バーがつぶれてしまったのは悲しかった。

やはり、賭博や酒は、たばことセットなんだろう。情報源は忘れたが、以前ラスベガスにつぐ、アメリカ第二のカジノ地域で、全面禁煙になったとたん、客足が激減。カジノの悲鳴が紹介されていた。「たばこ、酒、賭博。これらは全部セットで、どれ1つ欠けてもダメなんだ!」と。
日本でも、ワタミが禁煙居酒屋を打ち出したが、業績不振で撤退を余儀なくされている。

しかし、禁煙化の潮流は止まらない。居酒屋も、バーも、カフェも、そしてパチンコ屋も、近い将来、日本全国、全面禁煙になると私は予想している。そうなったとき、これらの業界はどうなるのか?
予想1.全部一緒に禁煙になるのだから客足に変化はない。
予想2.賭博や酒が、たばこから切り離されたとたん、客足が激減。
以上の2点のどちらに転ぶか注目だ。私の予想では、居酒屋とカフェは1に転び、パチンコ屋は2に転ぶ。

もしパチンコ屋を経営しているなら、今のうちに事業を売却しておいた方が賢明だろう。

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特捜検察 証拠改ざん事件を考える

国民を震撼させる事件が起きた。大阪地検特捜部の主任検事によって事件の証拠が改ざんされたという。
この元となった郵政不正事件、審理中から国民の特捜検察に対する批難が殺到していた。その事件に絡む証拠改ざんとあって、国民の検察に対する怒りは頂点に達し、検察の信頼は地に落ちたと言っていい。
しかし、ネットでは感情論が渦を巻いており、冷静な議論ができていないように見受けられる。そこで、私なりに、この事件はどう処理されるべきかを論じてみようと思う。

・捜査体制はどうあるべきか
最高検に捜査を任せず、法相が指揮権を発動し、捜査に第3者を加わらせるべきと考える。
「最高検の捜査を見守る」と柳田法相が表明しているが、そんなことを言っていていいのか。もちろん、私は最高検が真剣に迅速に対応すると信じている。しかしながら、検察が身内を捜査するのでは、捜査結果に対する国民の疑心を払しょくできない。
弁護士など第3者も捜査に加わらせるべきだが、その体制構築を検察主導でやらせるのは無理がある。検察主導で作った体制だったら、第3者が入ってもやはり国民の疑心は払しょくできないからだ。やはり、最高検に捜査を任せず、内閣が介入すべきであろう。

・本件改ざんは故意なのか
改ざんは故意だという意見はネットで多く目にする。事実、最高検次長検事も会見で「証拠隠滅罪は故意犯。我々は過失ではないと考えている」と語っている。
しかし、主任検事は「データを手直ししてしまった可能性がある」などと、上司に報告しているため、主任検事単独による故意の改ざんではないだろう。
また、大阪地検による組織的な故意の改ざんなら、改ざんされたFDが裁判所に証拠として提出させるはずだ。また弁護側の開示請求による証拠とはいえ、裁判所で採用された捜査報告書は正しい更新日時が記載されている。組織的な犯行なら、捜査報告書も改ざんされているのではないか。
また、前田主任検事によると、
「日時改ざんがないか調べるために、改ざんソフトを入手していろいろ試してみたが、結局わからなかった。その後、FDの内容をUSBメモリーに移して数字を変えたりして遊んでいた。その際にFDの日付も変えてしまった」という。彼の行動は軽率だが不可解とは言えず、私は供述内容に不自然な点はないと感じる。
よって、私は、本件改ざんは故意ではなく重過失と考える。

・本件隠ぺいは故意なのか
この主任検事から、データを手直ししてしまったとの報告が上司の特捜部長になされ、時の次席検事、検事正に報告がいっていたという。しかし、結局は地検内部で処理されてしまった。
改ざんを公表、または調査しなかったのは、故意なのか、過失なのか。これはわからない。もしかしたら責任追及をおそれて、公表を控えたのかもしれない。しかしながら、積極的に証拠を隠そうとしなかった以上、「証拠隠ぺい」とはならないと考える。

・本件改ざんに関係する検察官の処分はどうあるべきか
以上をかんがみると、検察官としてあるまじき失態であり、懲戒処分はやむをえまい。
難しいのは刑事処分だ。過失である以上、刑事罰はあり得ないが、不起訴処分とすると、「身内だから追及の手を緩めた」と国民に疑われてしまう。よって、起訴の上で、無罪判決を受けてから懲戒処分とすべきではないだろうか。
懲戒処分の内容だが、上司に報告している以上、主任検事を懲戒免職にするのは酷に過ぎる気がする。それよりも上司、特に改ざん報告を受けた中で最高職位にある大阪地検検事正の罪が重いが、やはりこれも懲戒免職にするのは酷だ。
主任検事、および改ざん報告を受けた当時の、特捜部長、次席検事、検事正。彼らを懲戒停職にしたうえで、自主退職させるのが妥当ではないだろうか。なお、検事総長が責任を取って自ら辞職するというのもありえる。

・証拠改ざん、自白の強要は氷山の一角か
週刊朝日編山口一臣編集長は言っている。「あらかじめ事件のストーリーを決め、それに沿った調書をデッチ上げる。関係者を呼びつけ脅し、利益供与をほのめかしながら作文する。」と。残念ながら、自白の強要や作文は、検察では日常茶飯事なのだろう
ただ、客観証拠の改ざんは今回がたまたまだろう。改ざんソフトをいろいろ試してたらデータを手直ししてしまったなどというのは、そうそう起こらない。証拠を改ざんして、無実の罪に陥れる検事などいないと信じたい。

・今後検察組織は誰がどのように改革すべきか
当然のことながら特捜部不要論は高まるだろう。
そもそも、人が有罪になる過程は、
1.捜査機関(警察、公取、国税)が怪しいとかぎ付けたら逮捕して証拠を収集する。有力な証拠が出てきたら、送検、または告発する。
2.訴追機関(検察)は引き渡された証拠を再点検し、やはり怪しい場合は起訴する。
3.審理機関(裁判所)は、検察の主張や証拠、被告人の言い分や証拠を吟味したうえで判決する。
この3ステップを踏むべきで、それぞれの機関が分離しているべきなのだ。たとえば、3.裁判所と2.検察庁が融合していたら、起訴された時点で被告人の言い分を聞くまでもなく有罪が決まってしまう。また、2.検察庁と1.捜査機関が融合していたら、捜査に踏み込み、逮捕した時点で、でてくる証拠にかかわらず起訴確定となってしまう。
しかし、この地検特捜部と言うのは、捜査機関と訴追機関が融合した危険な組織で、よく暴走する。今朝の読売3面にもあったが、逮捕しておいて起訴できない場合は、検察内部での評価が下がるという。だから特捜検察には、逮捕した以上何としてでも起訴し、証拠がなければ強要してでも、または利益誘導してでも自白をひきだし、有罪を勝ち取らねばとのプレッシャーが働くのだ。
やはり、特捜部は解体して、1次捜査は警察、公取、国税に任せるべきだろう。

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